Q:1か月単位の変形労働時間制を正当な手続きにより導入導入しています。本来は起算日前までに事前にシフト(勤務日、勤務日ごとの勤務時間)を定めて実施しなければなりませんが、最近では運用があいまいになり、事前シフトは作成されず、1か月の上限時間数のみを有効とする偽フレックスタイム制のような運用になっています。この運用の法的な問題点、改善すべき点を教えてください。
A:1か月単位の変形労働時間制は、事前に労働日と各日の労働時間を具体的に定めることで、特定の期間の労働時間を法定労働時間の総枠内に収める制度です。今回のケースには、主に以下の3つの法的な問題点があります。
1.変形労働時間制の根幹要件を満たしていない
1か月単位の変形労働時間制を有効に実施するためには、変形期間の開始前までに、労使協定および就業規則で以下の点を定め、労働者に周知しなければなりません。
・対象期間とその起算日
・対象期間における各日、各週の労働時間(勤務シフト)
事前にシフトを定めず、1か月の総労働時間枠のみを伝えている現状は、この「各日、各週の労働時間を具体的に特定する」という最も重要な要件を満たしていません。これでは、労働者はいつ、何時間働くべきか予測できず、生活の予定を立てることが困難になります
2.事実上のフレックスタイム制との混同
現在の運用は、労働者が始業・終業時刻をある程度自由に決められる点でフレックスタイム制に似ています。しかし、フレックスタイム制を導入するには、労使協定で「コアタイム」や「フレキシブルタイム」などを定めて正式に導入する必要があります。変形労働時間制の形式をとりながら、実質的にフレックスタイム制のように運用することは、どちらの制度の法的要件も満たさない「脱法行為」と見なされる可能性があります。
3.割増賃金(残業代)未払いリスク
変形労働時間制が無効と判断された場合、法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)が適用されます。
・現在の運用で起こりうること
例えば、ある日に10時間働いたとしても、会社側は「月の上限時間内だから問題ない」と判断するかもしれません。
・法的に無効と判断された場合
その日の労働は、法定労働時間の8時間を超えた2時間分が時間外労働となり、割増賃金(25%以上)の支払い義務が発生します。
このような運用を続けていると、労働基準監督署の調査が入った場合や、従業員から請求があった場合に、過去に遡って多額の未払い残業代の支払いを命じられるリスクがあります。
よって、現状のあいまいな運用は速やかに改めて正しい運用に戻す必要があります。
(正しい1か月単位の変形労働時間制の運用と改善点)
1. 勤務シフトの事前作成と周知の徹底
最も重要な改善点です。対象となる変形期間(1か月)が始まる前日までに、以下の内容を明記した勤務シフト表を作成し、全従業員に確実に周知してください。
・期間中の全勤務日と休日
・各勤務日の始業時刻と終業時刻
これにより、従業員は自身の勤務スケジュールを事前に把握でき、会社は変形労働時間制の法的要件を満たすことができます。
2. シフト変更ルールの明確化と厳格化
やむを得ない事情で事前に定めたシフトを変更する必要がある場合は、その手続きを就業規則などで明確に定めておくべきです。ただし、使用者が業務の都合で任意に、かつ頻繁にシフトを変更することは、制度の趣旨に反するため認められません。変更には労働者の個別同意を得るなど、慎重な対応が求められます。
3. 労働時間の正確な管理
従業員一人ひとりの始業・終業時刻を客観的な方法(タイムカード、PCのログイン・ログオフ記録など)で正確に記録・管理してください。そして、事前に定めた所定労働時間を超えた労働や、法定休日の労働に対しては、正しく割増賃金を計算し、支払う必要があります。
4. 運用目的に合わせた制度の見直し
もし、従業員に柔軟な働き方を認めることが目的であれば、現状の不適切な運用を続けるのではなく、正式な手続きを経て「フレックスタイム制」へ移行することを強くお勧めします。制度の目的と実態を一致させることが、コンプライアンス上も、従業員の働きやすさの観点からも最善の策です。